PHILOSOPHY
服づくりの想い
『服は、着る人のスパイスでありたい。』
布地を選び、デザインを描き、型紙をつくる。布と向き合い、一着の服へと仕立てていく。その積み重ねの先に、着る人との出会いがあります。
服が完成し、お客様の手に渡るとき。それは、大切に育てた娘を送り出すような、特別な喜びのある瞬間です。
私たちが大切にしているのは、着る人の美しさと、その人らしさを引き立てる服づくり。「服は着る人のスパイスでありたい。」という想いは、HIROMI YOSHIDAの服づくりの原点です。
自分のために、そして大切な人のために。服を選ぶ時間が、新しい自分や日々の楽しみに出会う時間になりますように。今を生きる女性たちに寄り添い、これからも一着一着をつくり続けてまいります。
DESIGNER’S PROFILE
デザイナープロフィール

| 1941 | 東京六本木に生まれる。 |
| 1960 | 高校卒業後、セツ・モードセミナーにてファッションイラストを学ぶと同時に、母親の経営する「オートクチュールSetsu」にて服づくりの技術修行をする。 |
| 1964 | セツ・モードセミナー卒業。 |
| 1965 | フランスへ渡る。日本人として初めてジバンシィ社に入社。 デザイン及び技術が認められ、ジバンシィ社より7年間有効の労働許可証を取得。アトリエチーフのアシスタントであるセコンドになり、オードリー・ヘップバーンをはじめVIP顧客の担当になる。 |
| 1968 | アメリカ/ハーパース・バザー誌のスチリストに推薦され渡米。ニューヨークで1年間コーディネート力を養う。 |
| 1969 | 仏パリのジバンシィ社には戻らず帰国。 母親が経営する「ブティックSetsu」のオートクチュールデザイナーとしてクリエイション活動をはじめる。 |
| 1971 | 第1回 吉田ヒロミオートクチュール春夏コレクション発表。 |
| 1972 | ブランド[イグレグ]発表。 |
| 1978 | T.D.6のメンバーとなり、第14回 ’78〜’79年秋冬コレクション発表。 |
| 1980 | 株式会社吉田ヒロミデザインインターナショナル設立。 ブランド[CLOVE vs CLOVES/クローブ クローブス]発表。 |
| 1985 | 東京ファッションデザイナー協議会(C.F.D.)の設立にかかわり、メンバーとなる。 |
| 1992 | 名古屋国際絞りフェスティバルに参加。絞りコレクションを発表。 プレタクチュール’92秋冬HIROMI YOSHIDAコレクション発表。 財団法人日本ユニフォームセンター理事に就任。 |
| 1997 | 昭和女子大学にて、この年から生活美学科(現 生活環境学科造形デザインコース)の講師を務める。 |
| 1999 | この年から4年間、昭和女子大学の客員教授を務める。 財団法人日本ユニフォームセンター主催の”ユニバーサルウェアショー”にこの年から毎年参加。 |
| 2006 | セキュリティーコンセプト「ユニフォーム&ユニバーサルウェア」の企画、開発に参加。 |
| 2007 | 「2008 HIROMI YOSHIDA春夏コレクション」を発表。 |
| 2008 | 「2008 HIROMI YOSHIDA春夏コレクション」を開催。 |
| 2009 | 港区南麻布に「House of HIROMI YOSHIDA」をオープンする。 |
SHOP
House of HIROMI YOSHIDA

作り手と皆様が出会う「家」。
東京・広尾の「House of HIROMI YOSHIDA」。緑の多い住宅地と緩やかな坂道が続くこの街で、手をかけて整えた場所は、ぬくもりのある我が家のような空間になりました。
私たちがここをShopではなくHouseと呼ぶのは、服を探す場所であるとともに、訪れる方が心地よい風を感じ、くつろげる場所でありたいと願っているからです。
職人のいるこの場所で、作り手とゆっくり対話しながら、自分のための一着、大切な人のための一着を探す。そんな時間を重ねるなかで、お一人おひとりにとっての「Wonderful Spice」を見つけていただければ幸いです。
服づくりの想いと、着る人の想いが出会う場所として。House of HIROMI YOSHIDAは、これからも皆様との対話を大切にしてまいります。